波勝岬は純情岬

先の戦争で日本では軍人、民間人合わせて310万人が亡くなったが日本軍が行ったアジアでの殺戮は2000万人以上といわれる。日本はアジアの国々を欧米から解放するために戦争をしたという人たちがいる。それでは聞きたい。後何人殺せば開放されたのかと。
沖縄では海からの艦砲射撃に遭いながら若い女性が「平和になったら子供をたくさん生みたいわね」と言って死んでいった。そういう話を多く聞いていた当時の政治家は沖縄に特別な思いがあった。特に鹿児島を地盤とする自民党の実力者、山中貞則、二階堂進らは沖縄を擁護する発言をしている。そういう方々がいなくなり戦争の記憶も風化し差別だけが残った。
ひめゆり学徒隊の若い娘さんたちが叶わぬ夢でしかなかった海辺を好きな人と歩く姿を19年後青春映画の中で観ることになる。絵に描いたような愛くるしい笑顔と明るく元気な当時の人気スター本間千代子に前年「高校三年生」でスター歌手となった舟木一夫(お二人は沖縄戦の少し前の生まれ)がちょうど娘さんたちと同じ年代の高校生役となった「君たちがいて僕がいた」が封切られる。その挿入歌「愛しあうには早すぎて」で 愛しあうのは 早いのね コバルト色の波も散る 波勝岬は純情岬 (丘灯至夫作詞 一部)と歌う。本間千代子の透き通る歌声が高音で震え清純な可憐さがひかり波打ち際を歩く二人は青春そのものであった。
吹き飛ばさればらばらになって死んでいった沖縄の娘さんの思いが昇華し結実されたかのように。
一瞬夢見たであろうか、敵の艦隊はなく、どこまでも広がるエメラルドブルーの海を見ながら二人で歩いているところを。あなたを知る人が死は悔しいけれど無駄にはしないと穏やかな波が寄せる浜辺で祈っているところを。
 米田正之

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